勝毎ビジネス -KACHIMAI BUSINESS-

北海道十勝の企業情報サイト「勝毎ビジネス」

勝毎ビジネスは地元経済の専門サイトとして、ローカルな企業情報を提供します。十勝には、商工業にかかわる1万6000余の事業所があります。その中には全国、世界へ飛躍する企業も存在し、基幹産業である農業の発展とともに注目されています。人口減少という地域課題を抱えているものの、豊かな自然に恵まれた大地を背景に、さらなる発展の可能性を秘めた十勝。U・I・Jターンを誘発し、地域がより豊かになることを目指し、積極的に情報を発信します。

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川田工業株式会社

 1958年12月、土木・建築工事業として川田淳氏(故人)が音更町で設立。63年に帯広に本社移転。68年札幌支店開設、93年池田の森(池田)450ヘクタール造成、98年音和の森(音更)を開設、2002年、NPOトカプチの森設立。関連会社に軽量仮設材レンタルのカルテック、損保・生保などのBIC・エステート。資本金500万円(グループで2億円)。社員数61人。年商は、13年3月が49億3300万円に対し、17年3月期が72億6100万円。

十勝の社長に聞くTop Interview
十勝の社長に聞く

Vol1. 創業60年を振り返って

Vol1. 創業60年を振り返…



― 来年60年を迎える。改めてどう受け止めるか。

 川田家は音更の農家の出。戦前は名の知れた地主で、父は若いころ、連合青年団の団長や十勝農民同盟の事務局長もやっていた。父は本家の直系、長男だったので、建設業とは縁がなかった。
 ある時、請われて音更の木材会社の代表になり、そこで建築請負の仕事を覚えた。農業の先行きに不安を覚え、自宅を事務所にリアカー1台、電話1台、机一つで独立した。多くの建設業者は土木業で始まったのに比べ、ユニークな生い立ちだと思う。
 父は仕事が趣味。1年365日の正月と盆以外は働いていた。熱心にやったおかげで、多くの人に助けられ、今日があると思っている。子供ながらに偉いと思う半面、親父のようにはなりたくないという気持ちもあった。
 1970年代のオイルショックの頃、系列会社で経営していたボウリング場3軒が莫大な借金を抱えた。建築工事に関しても請け負ってから資材が高騰し、大きな損失を受けた。泣く泣く社員を20人もリストラし、公共工事に力を入れ、何とか乗り切った。その後、不動産に大きな投資をしたこともあり、私が社長に就任した1992年当時、会社は結構な借金を抱え、それをクリアにすることを目標とした。時代背景にも恵まれ、わずか十数年で無借金経営にすることができた。しぶとく生き残ってきたというのが実態。

― 自身、社業で力を入れてきたことは。

 人事・採用。「人事、採用を任せてもらう」ことを会社に戻る条件とした。社員募集をオープンにし、本当の意味の優秀な人材を探しまくった。新入社員教育も自分で行った。その分、自分もさまざまな研修や講習を受けて勉強し、自分なりに4泊5日の社員研修プログラムをつくり、実践した。今の幹部はいわば自分の教え子だ。
 父は何でも自分でやり、目を届かせるタイプ。それだと、社員は成長しないし、会社もある程度の規模まではいけるが、それ以上にはいけない。社長自身が手を下さなくてもある程度自分で考え行動できる人材を育てることが大切。今は息子(岳諭専務)が採用・研修について同様のプログラムで引き継いでいる。

Vol2. 土木、建設業の将来

Vol2. 土木、建設業の将来



― ここ数年、売り上げを伸ばしている。

 札幌が伸びている。特に民間の仕事、具体的にはマンション建築が増えている。オイルショック期の失敗経験からどちらかというと、官主体で民間に手を出してこなかった。ただ、近年は管内の土木工事が激減し、前年対比で6割という年もあり、方向転換した。
 当初は札幌の業者とジョイントしていたが、現在は単独で展開。資金繰りはもちろんだが、マンション施工が得意な協力業者といかに組めるかが業績を高める重要なカギ。
 現在の売り上げ構成比は建築と土木が7対3。建築は薄利多売でインフレに弱い。土木は年間予算の中で行われるので仕事があれば安定している。常に土木とのバランスを取ることを考えてきた。

― 将来の業界、会社の見通しは。

 3年は見通せるが、それ以降は五里霧中。以前のような5年以上の長期計画は最近、意味をなさなくなっている。現在、十勝の建設業界は活況を呈しているが、それも「災害」という全く予想しなかったことが起こったから。(工事の補助率が高い激甚指定は)時限立法なので再来年前半までは仕事はあると思うが、その後、土木は皆目、見当がつかない。建築も大型物件はほぼめどがついており、先は見えない。

Vol.3 人材の確保に向けて

Vol.3 人材の確保に向けて



 人が不足していることは間違いない。どれだけ優秀な人材をしっかり確保できるかで会社の将来も決まる。特に現場は一つの会社のようなもので、現場代理人の裁量は大きい。ここにどのような人材が配置できるかが重要だが、うちも採用は難しくなっている。対策として今年、ベトナムのハノイ大学のインターンシップを初めて受け入れた。採用のベースはもちろん日本人だが、次の時代、優秀な人材を取るなら、必ずしも日本人に限る必要はないと思っている。早い時期から定年延長にも取り組んだ。

― 音更のトカプチの森、池田のじゅんの森は息の長い活動だ。

 十勝の木や森は多いように見えるが、実はそれほどない。今あるモノをどう維持させていくか。父は林業にも携わっていたので、木を切ることにとても敏感で、その分、自然に返さなければダメだと思っていた。木や森を植えて守る活動は大変、有意義。NPOを組織して活動しているが、他にもっと広がればいい。植樹一つ取っても、川田工業だけでなく、市民団体や企業、行政など参加の幅が拡がっている。

― 座右の銘は。

「天下無難事、只怕有心人」。「紅楼夢」(18世紀の中国長篇白話小説)49巻目の瑠璃世界白雪紅梅の一節で、「天下に難しいことは何もない。ただ、難しいと恐れる人の心があるだけ」という意味。自分にとっては角のパン屋に行くのも、アフリカに行くのも同じレベル。それは一歩踏み出さないとできない。20歳前後の時に本で知り、自分にぴったりくるので大事にしている。

― 趣味、息抜きは。

 渓流釣り。昨年は台風で川が荒れ、3回しか行けなかったので、フラストレーションがたまっている。場所は秘密です。

川田章博(かわた・あきひろ)

川田章博(かわた・あきひろ)1952年音更町生まれ。音更小、音更中、米国カリフォルニア州パッピィバレー・ハイスクール、帯広柏葉高卒。74年米国カリフォルニア大バークレイ本校卒。75年川田工業入社。92年から社長。帯広JC理事長などを歴任。現在は帯広商工会議所副会頭、ばんえい競馬振興連絡協議会会長、NPO法人トカプチの森理事長など。フィジーヤサワ島名誉島民、元日本旅行作家協会会員。今年6月に初エッセイ「サウンドオブサイレンス」を発刊。

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企業情報Information
企業情報

法人名 川田工業株式会社
カワタコウギョウ
創業 設立:1958(昭和33)年12月
代表者 代表取締役社長 川田 章博
業種 総合建設業(建築・土木・舗装)
資本金 5000万円
従業員数 61人
所在地 〒080-0805
北海道帯広市東5条南5丁目1
TEL 0155-27-3111
FAX 0155-24-4226
WEB
MAIL info@kawata-e.com
年商 2017年5月期 72億6100万円
2016年5月期 68億4600万円
2015年5月期 47億2300万円
2014年5月期 48億9800万円
2013年5月期 49億3300万円
代表取締役社長 川田 章博
取締役副社長執行役員 高橋 篤男
取締役専務執行役員 川田 岳論

主な役職者名

株式会社 カルテック
株式会社 BIC・エステート

支社・支店関連会社等

沿 革
1958年 河東郡音更町に創業
1963年 帯広市に本社移転
1968年 札幌支店開設
1978年 関連会社として 大扇道路株式会社、 株式会社カワタ・リース〈現・株式会社カルテック〉設立
1983年 株式会社エステート 設立
1994年 株式会社カワタ・ビーアイシー 設立
2001年 大扇道路株式会社 を吸収合併
2003年 株式会社小田組を吸収合併
2007年 (株) エステート が (株) カワタ・ビーアイシー を吸収合併 〈新社名:株式会社BIC・エステート〉

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